PASQUARELLIのおいしい生活

自家製マロングラッセ!

栗は「黒実」がなまって栗になったとか。
栗って実を食べられるだけでなく、花は蜂蜜。葉は肥料。木は家具、道具、まき。渋皮(タンニン)は革のなめしにも使われているんですね^_^たくさんいただいた栗を目の前にして、何作ろうかな?と考えて......。

お菓子屋さんで10日かけで作っていたマロングラッセを久々に作ってみました。

モンブランにするなら、日本の栗はイタリア、フランスの栗に比べ、香ばしい香りの成分メテオナールと甘い香りの成分のフラノンが強いため、香りを引き立て、イタリアの栗は味にコクがあり、フランスはクリーミーと3つの栗のそれぞれの特徴を合わせることにより、バランスのよい美味しいモンブランができるとか。
f0203253_2103956.jpg

イタリアでは栗のことをcastagneといい、大きいサイズの栗をMarroniと呼びます。
マロングラッセには大きい粒のmarroniを使うのですが、今回はcastagneで作りました。(頂き物が大量だったため)

栗の皮をむき、アクを抜きます。毎日、砂糖を足して栗をヴァニラビーンズ入りのシロップ煮て、ブランデイで香りをつけ、乾燥させるとマロングラッセの出来上がりです。(25度の糖度からはじめ、最後は、35度に仕上げます。)
*栗の皮むきについて。
栗を5分茹でて皮をナイフで剥き、渋皮状態にして冷凍庫で1晩置き、翌日5個ずつ熱湯につけ楊枝で渋皮を剥きました。
日本の栗は、すごく皮が剥きにくのには、実と皮の間に糊状の物質があるからピタッリくっついて、剥きにくいのだとか。中国栗は隙間が有り剥きやすい。最近日本の栗も品種改良され、むきやすくなったのだとか。

ツヤツヤとした光沢。
これで仕上げにしてもいいのですが、
f0203253_2114661.jpg

糖化させた仕上げにしました。

マロングラッセってフランスで生まれたお菓子?っていうけど3説。
説1*サトウキビをヨーロッパに伝えたマケドニア族の英雄アレキサダー大王が最愛の妻ロクサネーヌ妃に送るために作らせたのが最初。この時はマロニエで作っていたがマロニエもマロンと呼ばれていたとか。
マロニエはアルカロイド、サポニン、グルコシターゼを含む弱毒が含まれているため毒抜きしてから(シカやリスは、体内で毒を分解できるので普通に食べれるが人間は分解できない)食用としていたそう。でも日本は、栗が縄文時代から。イタリアでも古代ローマ時代には、すでに食べられていたのに、なぜ最初から栗使わなかったんでしょう?
⚠︎公園でマロニエの実を見て栗と間違える方がいますが、食べないでね。ちなみにイタリア語でippocastanoとかcastagnod'indiaといいます。

栗は、「パンの木」と呼ばれて、山間部で小麦の入手が難しい土地では、栗を粉にして主食にしていたというのに。

説2*ピエモンテのサボイ家料理人が水と間違えて、シロップで栗を煮てしまったことから生まれた。それがフランスに伝わった。イタリア→フランス?

説3*リヨンで生まれた。
謎ですね。

イタリアでは10月28日聖シモンの日。貧しくて亡くなった方の霊に栗を捧げる日。
11月1日万聖節は、festa di ognissanti(聖人の祝日)栗を食べる日。11月2日は、il giorno dei morti死者の日。commemorazione dei defunti死者をしのぶ日として、菊の花をお墓に飾り「ossa di morti」「pane di morti」という骨の形をしたビスコティや「Furtta martorana 」のフルーツの形をしたアーモンド菓子や「pupacena」「Fave di morti」のお豆の形のビスコッティなど。11月11日は、聖マーティンの日で、貧しい人々に栗を分け与える日。
3つのランキングに参加しています。よかったらポッチお願いします。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
にほんブログ村 料理ブログ イタリア料理(レシピ)へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ


[PR]
by gianca | 2013-10-30 03:55 | ドルチェ
<< マロンカレーとマロンカラメルの... 赤ワインと葡萄プルプル粒つぶゼリー! >>